MidoNote

とあるコミュ障理系院卒が普通になるまでの記録

結構SNS中毒な私が映画「ザ・サークル」を見てきた感想

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(引用元: The Circle (2017) - Photo Gallery - IMDb)

 

11月10日に公開された「ザ・サークル」を見てきました。

SNSに「熱狂する人」と「ついていけない人」の温度差、なんでも「シェア」することが強制される社会を描いた作品です。

折角見てきたので感想やレビュー等を書いてみたいと思います。

※本記事はネタバレが含まれるので、映画鑑賞後にご覧頂ければ幸いです。

 

個人的にはわざわざ映画館で見なくても、レンタルやプライムビデオ、Huluなどを用いて自宅での鑑賞で十分だと感じました。

Twitterで日夜、時間を無駄にしている私には興味深いテーマだったんですけどね……

見たきっかけは広告

Twitterを見ている時に流れた予告編を見て気になり、見てきました。


映画『ザ・サークル』ショート予告 11月10日(金)公開

良い未来を感じさせる前半とディストピアを感じさせる後半のギャップ、良くないですか?

結構、楽しみにしていたんですけど……

(なお、シアター内に居たのは私含めて10名程度でしたorz)

あらすじ

世界No.1のシェアを誇る超巨大SNS<サークル>。

創始者でありカリスマ経営者のベイリー(トム・ハンクス)が掲げる理想は、全人類が全てを隠すことなくオープンにする"完全な"社会だ。

大きな輪を意味する<サークル>では、誰もがいつでもつながりあい、お互いの体験をシェアしあい、最高に刺激的な毎日を送ることができる。

憧れの最先端企業<サークル>社に採用され、日々奮闘する24歳の新人メイ(エマ・ワトソン)はある事件をきっかけにベイリーの目に留まり、新サービス<シーチェンジ>の実験モデルに大抜擢される。

至るところに設置された超小型カメラにより自らの24時間を全て公開したメイは、あっという間に一千万人を超えるフォロワーを獲得し、アイドル的な存在となる。

ベイリーの理想「全人類の透明化」を実現するため、更なる新サービス<ソウルサーチ>の公開実験に臨むメイ。

だがそこには思わぬ悲劇が待ち受けていた。

あまりにも膨大な善意の渦に隠された<サークル>の重大な欠陥に気づき始めるメイだったが……。

about the movie | 映画『ザ・サークル』公式サイト

感想

知るのは良いこと?

劇中に出てきたセリフ。 (訳は適当です。)

Knowing is good, but knowing everything is better.

知ることは良いことだが、すべてを知るのはもっと良いことだ。

果たしてこれは正しいのか。

前半部分「知ることは良いこと」というのは同意できる。

知識があることで危険を避けられるってことも多いから。

例えば「回転機を使うときは、絶対に巻き込まれないようにする」とか「酸欠容器を覗き込むと一息で気を失って落下し、窒息してしまう」とかね。

 

まぁ、「何を知るか」「何を知られるか」「誰に知られるか」のコントロールが自身でできる範囲に限るけど。

だから「すべて知ること」が良いとは思わない。

「自分だけがすべてを知る」ならまだ良い。

でも「自分の知られたくないこと」を「全員に知らせなければならない」となったら……

まさにディストピアだ。

ちなみに「知ることは~」というセリフを発したのはサークルの重役だけど、彼は都合の良い情報だけをシェアしている。

SNSも包丁も同じじゃない?

物語の前半は繋がること、シェアすること、可視化することがもたらす光の面が目立ち、後半は社会が闇の面が目立つ。

そして闇の面が目立ったまま終わり、救いがないと感じた。(ってかエンドがスッキリしない。

 

あまりSNSをやっていなかった主人公(エマ・ワトソン)は会社のコミュニケーションツールとしてSNSを使っていく内にドハマリしていく。

そこからSNSの光の面として、次のことを味わう。

  • 深夜にカヤックして溺れているところを助けられる
  • 難病の両親を助けてもらう

後半はSNSのせいで次のような目に遭う。

  • 両親と疎遠になる
  • 親友?(エラー・コルトレーン)を失う

主人公の「24時間365日生放送」の巻き添えを食らい、両親は夫婦の営みを公開されて疎遠に。

親友?はSNSの新機能テストで面白半分で追い回され、逃亡中に事故死。

 

このようなことはSNSに特有ではない。

使い古された表現だけど、テクノロジーそのものに善悪はなく、運用する人次第である。

包丁とか車がよく例に挙げられるよね。

 

溺れているところを見つけてもらうのと、営み公開されるのは紙一重。

親友が追い回されたシステムも、本来は逃亡犯を見つけるためのものだった。

(ちなみに逃亡犯を見つけるのには成功して、熱狂した会場の雰囲気で親友?を追い回すことに)

「本来の目的外で利用し始めるとやばい」ってのは共通なのかな。

 

 

そんなこんなで親友?を失った主人公が、重役たちも自分同様に「24時間365日生放送」状態にして映画は終了。

最終的にどうなったのか、何を考えてそのような行動に出たのかがわからず、不完全燃焼感がすごい。

スッキリしないまま映画館を後にしました。

映画館じゃなくても……

Twitterで見た広告が面白そうで、映画館まで足を運びました。

ですが、終わり方もスッキリせず、わざわざ映画館で見なくても、レンタルやプライムビデオ、Huluなどを用いて自宅での鑑賞で十分だと感じます。

Twitterで時間を無駄にしている私には、興味深いテーマだったんですけどね……

残念です。

 

▼休みを無駄にするよりはマシ▼