MidoNote

とあるコミュ障理系院卒が普通になるまでの記録

卒業と別れ。新社会人になることや新生活への不安。

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こんにちは。ミドノンです。
6年間の学生生活を終え、卒業しました。
4月からは社会人として頑張っていきます。

修論発表から卒業旅行までの間に後輩への引き継ぎのためにデータをまとめました。
修論発表の様子はこんな感じです。

www.midonote.com

 思ったよりも成長

学部4年生(B4)で研究室に配属されてから大学院2年生(M2)で卒業するまでの研究データを整理している最中に思ったことがあります。
それは「あまり研究していないと思っていたが、結構研究やっていたんだな」ということです。
後輩に引き継ぐようにデータを抜粋して、写真を含めずに4GB弱の容量がありました。
もっと薄っぺらいと思っていたのでびっくりしました。

また、量だけではなく質の変化にも驚きました。
ディスカッション資料や報告書もB4の頃に比べてだいぶマシに進歩していました。
B4の頃は論理の流れ、グラフの形などがめちゃくちゃでしたが、M2のものはだいぶ整っていたのです。

日々の進歩というものは僅かなものであり、日々、忙しく過ごす中では気づきにくいのかもしれません。
そして、今回のように長いスパンのものを一気に見たときにふと「あれ、進歩してる?」と気づくのです。
自分の身長が伸びていることに家族よりも親戚のおじさんの方が敏感であるのと似ています。
これからも自分では気づかない、でも、久しぶりにあった人には「成長した?」と言われるように研鑽していきたいです。

別れはあっさり

卒業式や学位授与式、同期との最後の飲み会を済ませて帰宅し、記事を書いています。
私は地元から離れた場所に就職したので、今日が今生の別れであったかもしれない人もいたはずです。
ですが特に感動の涙や別れを惜しむこともなく、あっさり「また会うときまで」と解散してしまいました。
なぜでしょうか?
心の底で「どうせまた会える」と思っているからなのでしょうか?

思い返してみると24年の人生のうち、6+3+3+4+2=18年は学生をやってきました。
パーセンテージにすると人生の75%です。
いままでは環境が変わると言っても学生であるという意味では小学校の延長をずっと続けてきたようなものでした。
そのため特に感傷に浸ることもなく、次のステージに進んできました。

しかし、今回の環境の変化は今までとは大きく異なる気がします。
不安を明確に言葉にすることはできないのですが、漠然としたとても大きな不安があるのです。
この漠然とした不安に押しつぶされず、また、言語化できるような人間になりたいですね。

追伸

卒業後も登校する可能性を心配していましたが避けることができました。
社会人になるまでの最後の1週間はなにをしようかな?
社会人先輩の皆様方にお願いがあります。

学生のうちにやっておけばよかったことなど、なにかおすすめがありましたらご教授ください。